名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)312号・昭27年(う)311号 判決
検察官論旨、第一章、全被告人に対する武生裁判所放火事件控訴理由第一点、原審の訴訟手続に、公開主義、弁論主義等に関する憲法並に刑事訴訟法の諸規定に違反する違法ありとする論旨について。
裁判所が公判廷外に於て、検察官其の他訴訟関係人を列席せしめず、秘密裡に被告人を取調べ、これに因つて蒐集し得た資料を、断罪の証拠に供するが如きは、固より、公開主義、弁論主義に関する憲法並に刑事訴訟法の規定に違反するものであること、敢て所論に俟つ迄もないところであるが、しかしながら、叙上公開主義、弁論主義の諸原則は、裁判官をして、何時如何なる場合に於ても、其の理由の如何を問わず、いやしくも繋属中の事件被告人たる地位にある者と、面接し、談話することを得ざらしめる趣旨でないこともまた明白である。原審の訴訟手続に、所論の如き違法ありや否やを、記録其の他によつて調査するに、原審に於ては、所論の如き、違法の審理方法を採用したことがなく、其の審理並に判決は、すべて公開の法廷で、訴訟関係人列席の下に、行われたものであることを認めるに足る。尤も、当審調査の結果、就中、滝川裁判官作成の昭和二十八年十一月十九日付回答書の記載、検察官提出に係る山内競に対する検察官作成の供述調書の記載等を綜合した結果に依れば、原審裁判長が昭和二十五年五月二十五日被告人林好視、同渡辺広に対する本件放火被告事件公判閉廷後、判事室に於て、被告人林好視と面接し、暫時談話を交換した事実のあつたことは、これを肯認し得るところであるけれども、前記回答書の記載に徴すれば、右は、同裁判長に於て、同被告人方及び其の附近に於て、近日中に実地検証を行う予定であつたところから、実地検証施行上の便宜を得る目的をもつて、検証物件の所在、運搬経路等に関し、いささか同被告人の談話について聴取するところがあつたに過ぎず、しかも、当時、被告人林好視は、武生裁判所に対する放火の公訴事実を、公判廷に於て、全面的に自白して居り、検証物の存在等に関する其の談話内容は、同被告人の従来の供述趣旨を、毫も変更したものでなかつたことを肯認するに十分である。山内競の前記供述調書中、裁判官と林好視との問答に関する、論旨援用の記載部分は、山内競が、果して、周倒なる注意をもつて、該談話内容を正確に聴取し、且、これを正確に記憶した上、検察官の質問に対し、誤りなくこれを再現したものであるか否か、疑問の余地なしとするを得ないのみならず、仮令、左様な問答があつたとしても、山内競の供述によつて認め得る問答内容は、林好視の従来の供述と全く同趣旨であり、裁判官をして、予断を抱かしめるが如き性質のものでない。山内競の供述中、「裁判長は林好視に対し、正直に真実を述べる様諭告した」旨の供述部分を採り上げ、其の真偽はこれを措くとしても、これをもつて、所論の如く同裁判長が林好視に対し、否認を教唆したものと為すを得ないことは勿論である。なお、証人林好視に対する原審証人尋問調書(昭和二十五年五月二十九日付、記録A第三一五五丁以下)中、裁判長と同証人の問答として、所論の如き質問並にこれに対する応答の各記載の存することは、記録上明かであるが、斯る発問の形式又は措辞が、果して最も適切であるか否かは暫くさておき、これを目して、原審裁判長が、事件内容につき、偏見若しくは予断を抱懐し、これに基いて証人尋問を行つたものと認めるを得ない。思うに、裁判官の地位にある者が、法廷外に於て、濫りに被告人と面接し、しかも、人をして誤解を抱かしむるに足る挙措を敢てするが如きは、裁判官たる者の厳にこれを慎しまなければならぬところであることは言う迄もない。しかしながら、これと異り、裁判官が実地検証を施行するに先じ、事件内容について心証を得る目的でなく、検証物の所在、運搬経路等に関し、検証施行上の便宜を得る目的の下に、被告人と面接し其の説明を聴取するが如き程度の行為をなすは、公開主義、弁論主義等に関する憲法並に刑事訴訟法の規定と牴触するものでない。そうして見れば、原審裁判官の前叙の如き行為は、公判廷外に於て、被告人を審理したと言う程のものでないことは勿論、法廷外に於ける同人との交渉の結果、事案に対し、予断又は偏見を抱くに至つたものでもなければ、これによつて得た材料によつて事実を認定したものでもなく、従つて、原審の訴訟手続には所論のような違法が存しないから論旨は理由がない。
(中略)
凡そ、刑事訴訟法第三百二十八条の趣旨とするところは、本来、同法第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定によつては、証拠とするを得ない書面又は供述に対し、例外として「公判準備若しくは公判期日に於ける被告人、証人其の他の者の供述の証明力を争う為にする場合」に限り、すなわち、限定された立証の目的を、超えない範囲に於てのみ、特に、同法第三百二十一条乃至第三百二十四条の要件に適合する資料と、同一の証拠能力を附与したものに外ならない。これ等例外的資料が、此の目的を超えた限度に於て、証拠たる適格を具有しないものであることは、多言を要しないところであり、従つて、原審が、叙上の如く、「被告人山口龍男の公判廷に於ける供述に対する反証」として提出された資料を検討し、これに基いて、その立証限度を超え、清田整志の供述の証明力如何を判定している点は、証拠能力を備えざる資料によつて、証拠の価値を判断するの違法を敢てしたものと言わざるを得ない。尤も、清田整志の供述は、被告人山口龍男の原審公判廷に於ける供述の信憑力如何を測定すべき一資料となるものであり、従つて、清田整志の供述の信用性如何を判定することは、同時に、間接に、被告人山口龍男の供述の信憑力を判断する作用をも営むものであることは、各供述内容の持つ相関性より、容易にこれを首肯し得るところであるけれども、元来、公判廷に顕出される証拠方法の大部分は、直接又は間接に、「被告人其の他の者の公判廷に於ける供述の証明力如何」を判断すべき資料たり得るものであり、反証として提出された資料に基き、これ等各証拠の価値如何を測定し得ると解するが如きは、反証の持つ証拠能力の限界を、著しく拡大する結果を招き、刑事訴訟法第三百二十八条の立法趣旨より逸脱するものである。以上により明かな如く、原判決の証拠理由中には、証拠能力なき資料によつて証拠の価値判断をした違法が存することは所論の通りである。しかしながら、原審は、被告人尹聖熙外九名に対する本件放火等被告事件原審第十二回公判廷(昭和二十五年二月六日開廷)に於ける証人谷沢与三七(記録A第八六九丁以下)同第四十二回公判廷(同年八月十七日開廷)に於ける証人倉橋三郎(記録A第四四一二丁以下)同第四十回公判廷(同年八月七日開廷)に於ける証人岡田秀夫(記録A第四三一七丁)同第十回公判廷(同年一月三十日開廷)に於ける証人柳浦文子(記録A第七三四丁以下)証人村上イク子(記録A第七四四丁以下)証人島田等(記録A第七〇四丁以下)等の各供述を綜合し、これに前記反証として提出された資料をも併せて検討した結果、叙上証人清田整志の原審公判廷に於ける供述よりも、清田整志に対する検察官作成昭和二十四年十二月十三日付供述調書の記載を信用すべき特別の情況がない旨判断しているものであつて、後に判示するところによつて明かな如く、原審の右判断は相当であり、しかも、該判断は、其の論拠より、所論の反証を除外すると否とによつて、何等左右されるものでないから、原審訴訟手続中に存する叙上の違法は、もとより判決に影響することがなく、論旨は其の理由なしとして排斥されねばならぬ。